兵庫県立ピッコロ劇団の沿革

 
1994(平成6年)
4月 兵庫県立ピッコロ劇団発足
秋浜 悟史 劇団代表就任(~2002)
髙木 憲作 劇団総務就任(~1998)
6月 旗揚げ公演『海を山に』 作・演出=秋浜 悟史
12月 スタジオ公演『火垂るの墓』
原作=野坂 昭如 台本=三枝 希望 演出=秋津 シズ子 補完=秋浜 悟史
1995 (平成7年)
1月

阪神・淡路大震災発生(17日)

第2回公演『風の中の街』(震災の影響で延期)作=別役 実 演出=藤原 新平

2月~4月 第1次被災地激励活動『ももたろう』『大きなカブ』ほか
5月 第2回公演『風の中の街』 作=別役 実  演出=藤原 新平
8月 ファミリー劇場『二分間の冒険』 原作=岡田 淳 台本・演出=秋浜 悟史
10月~11月

第2次被災地激励活動(公演)『学校ウサギをつかまえろ』

原作=岡田 淳 台本・演出=秋浜 悟史

1996(平成8年)
1月

第3回公演『わたしの夢は舞う―會津八一博士の恋―』

作=清水 邦夫 演出=秋浜 悟史

3月 ピッコロ劇団、ピッコロシアター共通のシンボルマークを全国公募の上決定(4月より正式使用)
6月 第4回公演『四人姉妹』 作=岩松 了  演出=藤原 新平
8月 ファミリー劇場『二分間の冒険』 原作=岡田 淳  台本・演出=秋浜 悟史
10月 第5回公演『心中天網島』 原作=近松門左衛門  台本・演出=石澤 秀二
兵庫県立ピッコロ劇団後援会(ピッコロサポートクラブ)発足
(財)尼崎地域振興財団より劇団活動へ助成開始
12月 (財)地域創造の助成を受け地域交流公演〈演劇セミナー〉『スパイものがたり』をピッコロシアター、三木市文化会館、中町文化会館、出石町文化会館で実施
1997(平成9年)
3月 ピッコロ演劇学校・舞台技術学校合同卒業公演で石本興司が劇団員として初めて演出を担当(以後毎年劇団員が演出)
6月 第6回公演『風の中の街』 作=別役 実  演出=藤原 新平
8月 ファミリー劇場『さらっていってよピーターパン』 作=別役 実  演出=秋浜 悟史
10月 第7回公演『わたしの夢は舞う―會津八一博士の恋―』
作=清水 邦夫  演出=秋浜 悟史
12月 平井 久美子 兵庫県芸術奨励賞受賞
1998(平成10年)
1月 市民演劇創造活動〈演劇セミナー〉を三木市、三田市で実施(以降2006年までピッコロシアターを中心に開催)
『わたしの夢は舞う―會津八一博士の恋―』で第52回文化庁芸術祭賞〈演劇部門〉芸術祭優秀賞受賞
『風の中の街』『わたしの夢は舞う―會津八一博士の恋―』で第32回紀伊國屋演劇賞団体受賞
4月 ピッコロ劇団員が20名から25名に増員
6月 第8回公演『モモだろう?』 作・演出=秋浜 悟史
8月 ファミリー劇場『さらっていってよピーターパン』 作=別役 実 演出=秋浜 悟史
9月 第10回全国生涯学習フェスティバル特別公演として『ホクロのある左足』を上演
10月 第9回公演『ホクロのある左足』 作=別役 実 演出=藤原 新平
11月 尼崎市民芸術賞特別賞受賞
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