兵庫県立ピッコロ劇団の沿革

1993
1月 平成5年新春話題で貝原俊民兵庫県知事がピッコロ劇団構想を発表する
2月 尼崎青少年創造劇場運営委員会で、ピッコロ劇団(仮称)の設立準備について報告
5月24日 県立ピッコロ劇団企画運営委員会を設置
委員に米花稔、喜志哲雄、秋浜悟史、大橋也寸、石澤秀二、杉本了三、夏目俊二、別役実、栗原高志、満浦謙之の各氏が就任
以後5回実施
7月29日 第3回県立ピッコロ劇団企画運営委員会において、劇団の正式名称を「兵庫県立ピッコロ劇団」(PICCOLO THEATER COMPANY,HYOGO)に決定する
12月 応募資格を「原則として18歳以上の健康な男女で、俳優養成の過程を1年以上履修し、プロの俳優としての演技水準を持つ者」とし、兵庫県立ピッコロ劇団専属俳優の募集を開始(全国各地から143名が応募、定員20名で競争率7.15倍)
1994 
2月1日 「公共劇団をめぐる演劇シンポジウム」を開催する
2月 予備選考、本選考1次、本選考2次を経て20名を決定(男7名・女13名)
3月 入団予定者事前研修実施(神戸・しあわせの村)
3月31日 ピッコロシアター別館・稽古場落成
4月1日 兵庫県立ピッコロ劇団結団式
4月1日 県立ピッコロ劇団として初の演劇指導者を派遣する
(兵庫県立宝塚北高等学校演劇科及び普通科の非常勤講師に3名就任)
4月11日 ピッコロ劇団員及び企画運営委員、知事表敬訪問
5月6日 旗揚げ公演制作発表
県政記者クラブ、市政記者クラブ、大阪演劇記者クラブに発表
6月1~5日 旗揚げ公演「海を山に」を7ステージ実施
十三夜会奨励賞を受賞
8月2・7日 ひょうごアジア・太平洋青少年演劇祭に参加し、ピッコロシアター及び和田山町文化会館で公演
中国、韓国、ロシアの参加劇団と国際演劇交流につとめる
1995
1月17日 阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)発生
ピッコロシアターの施設が一部破損
職員及び劇団員に被災者が出る
1月20日 1月25日から公演を予定していた第2回公演「風の中の街」の延期及び東条町文化会館公演(県民芸術劇場)の中止を決定
2月11日 阪神・淡路大震災の被災者を勇気づけるため、被災地激励活動を開始。以後、4月8日までに神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市、淡路島など5市5町を巡回し、学校のグラウンド、公園の空き地など52ヵ所で約1万人を励まし、大きな話題になる
4月1日 大阪府立北淀高等学校に舞台表現コースが設置され、演劇指導者として劇団員2名派遣(非常勤講師)
5月19~24日 震災により延期していた第2回公演「風の中の街」を7ステージ実施
5月26・28日 (財)自治総合センターの宝くじ文化公演シリーズに採択され、淡路町・淡路アソンブレホールおよび出石町・ひぼこホールで「風の中の街」を公演
8月5・6日 第1回ファミリー劇場「二分間の冒険」を3ステージ実施
10月7日 (財)日本船舶振興会(日本財団)の助成を受け、第2次被災地激励公演「学校ウサギをつかまえろ」を開始
以後、11月29日までに神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市、明石市、三木市、淡路島など6市2町を巡回し、小・中学校体育館など12会場で14公演を実施した
1996 
3月8日 兵庫県立ピッコロ劇団とピッコロシアターのシンボルマークを全国公募、全国から1,781点(1,295名)の応募があり、審査の結果、静岡県浜松市のグラフィックデザイナー・安藤兼郷さんの作品に決定(4月1日より正式使用)
10月4~10日 第5回公演「心中天網島」を尼崎市市制80周年記念協賛事業の一環としてとして実施
10月15~17日 文化庁主催の地域劇団東京演劇祭に招かれ、初の東京公演「心中天網島」を3日間実施
12月~9年3月 (財)地域創造の助成を受け地域交流公演「スパイものがたり」をピッコロシアター、三木市文化会館、中町文化会館、出石町文化会館で実施
1997
3月8・9日 平成8年度ピッコロ演劇学校・舞台技術学校合同卒業公演で、劇団員が演出、担当
10月 第7回公演「わたしの夢は舞う―會津八一博士の恋―」で、文化庁芸術祭に参加
同作品をもって仙台市を皮切りに、東京、新潟県内、川西市を巡演
1998
1月19日 第7回公演「わたしの夢は舞う―會津八一博士の恋―」の舞台成果が評価され、平成9年度(第52回)文化庁芸術祭賞〈演劇部門〉芸術祭優秀賞を受賞
1月22日 第6回公演「風の中の街」と第7回公演「わたしの夢は舞う―會津八一博士の恋―」の東京での舞台成果が評価され、第32回紀伊國屋演劇賞団体賞を受賞
4月1日 平成10年度から劇団員定数が5名増員され25名となる
11月2日 尼崎市の芸術文化の向上に貢献したとして、平成10年度尼崎市民芸術賞特別賞を受賞
12月~11年2月 市民演劇創造活動演劇セミナーをピッコロシアターで実施
受講生による「わが町でミ ュージカル入門」を上演
2000
12月 劇団員が、中ホール上演を中心に活動する"オフシアター"を立ち上げ、Vol.1として「絶望居士のためのコント」を上演
2001
12月18日 石本興司が平成13年度兵庫県芸術奨励賞を受賞
2002
11月 NHK金曜時代劇「はんなり菊太郎」に石本興司がレギュラー出演
(放送日11月8日から全6話)
2003
1月 石本興司が文化庁芸術家在外研修員としてイギリス留学(~3月31日まで)
4月 劇団代表が秋浜悟史から別役実に交代
5月 ピッコロサポートクラブの機関誌「into」が創刊
8月 兵庫県・ワシントン州姉妹提携40周年記念事業として、シアトル市のバグリー・ライト・シアターで初の海外公演、「さらっていってよピーターパン(英題 Can You Still Fly,Peter Pan?)」を上演
10~11月 ひょうご舞台芸術第28回公演「ニュルンベルク裁判」に吉江麻樹が出演
11~12月 ひょうごオリジナル音楽事業 ミュージカル「フィレモン 地下牢の道化」に吉村祐樹、平井久美子、土佐倫代が出演
2004
1月 谷山佐知子が文化庁芸術家在外研修員としてフランス留学(~3月31日まで)
1月 NHK金曜時代劇「はんなり菊太郎2」に石本興司がレギュラー出演
(放送日 1月9日から全6話)
4月 劇団員定数が2名増員され32名となる
4月 ピッコロ劇団第21回公演「神戸 わが街」のポスター・チラシ原画を公募、全国から179点のなかから、審査の結果、大阪の龍神悦子さんの作品に決定
9月 NHK朝の連続テレビ小説「わかば」に石本興司がレギュラー出演
10月~12月 財団法人地域創造の平成16年度公共ホール演劇製作ネットワーク事業「天の煙」に吉江麻樹が出演
2005
1月 瀬口昌生が文化庁芸術家在外研修員としてアメリカ留学(~3月31日まで)
4月 劇団員定数が3名増員され35名となる
2006
1月24日~2月 兵庫県立芸術文化センターオープニングシリーズで「KANADEHON忠臣蔵」を上演
2007
1月24日 県立ピッコロ劇団第29回公演「モスラを待って」で平成19年度(第62回)文化庁芸術祭賞[演劇部門]芸術祭優秀賞を受賞
2008
6月~12月 劇団初のラジオレギュラー番組「今井と山田。」(FMあまがさき)放送
今井佐知子と山田裕がレギュラーパーソナリティ
2009
4月 劇団代表が別役実から岩松了に交代