事務概要

兵庫県立尼崎青少年創造劇場・県立ピッコロ劇団 事務概要

1. 事業概要
2. 平成29年度事業計画  

1ページ~9ページ

3. 平成28年度の事業実施結果
平成28年度の実施実績  

10ページ~26ページ

4. 施設概要・劇団概要
施設利用状況  

27ページ~39ページ

沿革

昭和49年5月13日
兵庫県立青少年文化センター(仮称)構想委員会設置
50年3月12日
兵庫県立尼崎青少年文化劇場建設委員会設置
5月20日
劇場の正式名称を「兵庫県立尼崎青少年創造劇場」に決定(愛称を公募により「ピッコロシアター」とする)
52年10月1日
兵庫県立尼崎青少年創造劇場運営委員会設置
53年3月24日
兵庫県立尼崎青少年創造劇場の設置及び管理に関する条例制定
8月1日
財団法人兵庫県文化協会が管理運営を受託
8月19日
開館
58年4月14日
開館5周年記念事業としてピッコロ演劇学校を開校(本科定員50名)
59年4月1日
ピッコロ演劇学校に研究科を設置(定員20名)
63年6月23日
第10回サントリー地域文化賞受賞
平成元年3月7日
ピッコロ演劇賞基金設置
3年5月3日
神戸新聞奨励賞受賞
4年4月1日
兵庫県立尼崎青少年創造劇場の管理運営が(財)兵庫県文化協会から(財)兵庫現代芸術劇場に移行
6月3日
ピッコロ舞台技術学校を開校(定員40名)
6月28日
久留島武彦文化賞受賞
5年5月24日
県立ピッコロ劇団企画運営委員会設置
6年4月1日
別館竣工
4月1日
兵庫県立ピッコロ劇団発足(劇団員20人)
4月1日
秋浜悟史氏が兵庫県立ピッコロ劇団代表に就任
6月1日
同旗揚げ公演「海を山に」上演(~5日)
7年1月17日
阪神・淡路大震災発生、施設の一部破損。ピッコロシアター自主事業は4月分までを中止又は延期 貸館業務は1月31日まで中止
2月1日
地震のため閉館していたピッコロシアターの貸館業務再開
2月11日
ピッコロ劇団が尼崎市の難波小学校を皮切りに、第1次被災地激励活動を開始
演目は寸劇「ももたろう」「大きなカブ」(4月8日まで被災地域5市5町、52ヵ所を巡演)
7年10月7日
日本財団の助成を受けてピッコロ劇団が、第2次被災地激励公演「学校ウサギをつかまえろ」をピッコロシアターなど被災地域6市2町12ヵ所で14公演実施(~11月29日)
8年3月8日
県立ピッコロ劇団とピッコロシアターのシンボルマークを全国公募
(応募1,295名・1,781点)4月1日使用開始
10月6日
兵庫県立ピッコロ劇団後援会の設立総会を開催。
同後援会(愛称=ピッコロサポートクラブ)発足
10年1月19日
ピッコロ劇団が、第7回公演「わたしの夢は舞うー會津八一博士の恋」で平成9年度(第52回)文化庁芸術祭賞〔演劇部門〕芸術祭優秀賞を受賞
1月22日
同 第32回紀伊國屋演劇賞団体賞を受賞
4月1日
劇団員が5名増員になり25名体制となる
11月2日
ピッコロ劇団が、平成10年度尼崎市民芸術賞特別賞を受賞
11年4月1日
財団法人兵庫県文化協会と財団法人兵庫現代芸術劇場を統合して設立された財団法人兵庫県芸術文化協会に管理運営を移行
劇団員が5名増員になり30名体制となる
13年3月15日
ピッコロシアター西側に駐車場用地(998.17㎡)を取得
6月1日より使用開始
15年4月1日
別役 実氏が兵庫県立ピッコロ劇団代表に就任
16年4月1日
劇団員が2名増員になり32名体制となる
17年1月18日
ピッコロシアターがJAFRAアワード(総務大臣賞)を受賞
4月1日
劇団員が3名増員になり35名体制となる
18年4月1日
公の施設の指定管理者の指定等に関する条例(平成16年条例第2号)により、兵庫県立尼崎青少年創造劇場の指定管理者として、財団法人兵庫県芸術文化協会が指定を受ける
20年1月24日
ピッコロ劇団が、第29回公演「モスラを待って」で平成19年度(第62回)文化庁芸術祭賞[演劇部門]芸術祭優秀賞を受賞
21年4月1日
岩松 了氏が兵庫県立ピッコロ劇団代表に就任
21年10月9日

23年4月1日
平成21年8月の台風9号被災地でのピッコロ劇団被災地小学校激励活動を実施(作用町、朝来市、宍粟市)
財団が「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」に基づく公益財団法人へ移行
23年~24年
東日本大震災被災地への演劇を通じた支援を実施。現地でのワークショップや公演、ピッコロシアターでの仙台の劇団の公演などを実施
26年1月28日
ピッコロ劇団が、第47回公演「間違いの喜劇~現夢也双子戯劇(うつつはゆめ ふたごのたわむれ)モスラを待って」で平成19年度(第62回)文化庁芸術祭賞[演劇部門]芸術祭優秀賞を受賞
26年4月1日
ピッコロ劇団創立20周年