| 兵庫県功労者表彰 −末廣光夫さん素顔拝見− |
末廣光夫さん
神戸市
音楽プロデューサー
「神戸ジャズストリート」の生みの親は
電話リクエスト発案の元祖DJ
昭和4年東京生まれ。昭和27年、ラジオ神戸(現AM KOBE)の音楽プロデューサーの職につくかたわら「労音コンサート」をはじめ外国アーティストのコンサートのプロデュースや司会に活躍。昭和41年に米国・カナダのジャズ界視察を機に「全日本ディキシーランド・ジャズ・フェスティバル」を毎年開催し、今年で36回目を迎えています。昭和50年には米国ニューオリンズ市から名誉市民の称号を授与されました。昭和57年、神戸のジャズの伝統を生かして企画した「神戸ジャズストリート」は今年で21回目。実行委員長として海外アーティストの交渉やプログラム・ディレクターを務めています。
平成8年サントリー地域文化賞、
同年神戸市文化活動功労賞、
平成14年、兵庫県文化功労者表彰受賞。
神戸市在住。73歳
ジャズに初めて触れたのは、終戦直後のこと。ラジオから流れる米軍の極東放送でグレン・ミラーやベニ―・グッドマンの音楽を知りました。
「アメリカの音楽もいろいろあるけれど、私はビートのあるジャズが好きです。ジャズはアメリカ人にとってはダンス音楽なんですね。鑑賞するだけでなくダンスをしながらジャズを聞いたんです。しかしバンドの人たちもダンスの伴奏だけでなく演奏だけ聞いてほしいというので、ジャズ愛好家の仲間とダンスホールの営業時間外の昼間に演奏会をしたり、ジャズレコードの鑑賞会を開いたりしてました。その頃から、私は仕切り屋でね。企画して会を開いてジャズを解説して、司会までしていました」
昭和27年の5月、活動を買われた末さんはラジオ神戸(現AMKOBE)の音楽プロデューサーの職につきました。
裏方ではなく末廣さんがディスクジョッキーとして番組に登場したのは、その年の7月のこと。
「放送台本を書くのが面倒だったら、ジャズはアドリブなんだから、君がしゃべればいいじゃないかと上司に言われましてね。女性アナウンサーと2人で自由にしゃべりながら曲を流すという、現在もっともポピュラーな番組スタイルの草分けとなったわけです」
東京にもなかった斬新な番組は、大変な人気を呼びました。
その年のクリスマスイブ、末さんは暖めていた新しい企画を実行しました。
「12時から午前2時までの特番でしたが、電話によるリクエストを受付たんです。ジャズとポピュラーの中からお好きな曲をお寄せくださいって」
この特番も大評判で、翌年にはレギュラー番組となりました。電話リクエストという全く新しいリスナー参加型番組を作り出した末さんは、以来五十年、今も毎週木曜日午前2時から3時までAMKOBEで「ホットジャズライン」という番組のDJを務めています。
ラジオのDJをするかたわら、末廣さんは来日した数多くの有名外国人ジャズ演奏家のコンサートのプロデュースや司会を担当しました。デューク・エリントン、ルイ・アームストロング、レイ・チャールズ…。まさしく世界的な大スターたちとの出会いでした。
昭和五十六年、神戸ではポートピアが開催されました。ポートピア会場でのジャズフェスティバルを大成功に導いた末廣さんは、神戸でのジャズ祭を継続したいと考えました。そうして誕生させたのが「神戸ジャズ・ストリート」です。
「ライブハウスの多い北野で、プロとアマがともに演奏しファンと一緒に楽しむ、そんなイベントを開きたいと思ってね。ストリートに沿って点在するライブハウスや洋館、教会など十数箇所の会場のコンサートを『はしご酒』ならぬ『はしごジャズ』してもらう。家族や友達や恋人とジャズを聞いて、おいしい物を食べて、ショッピングする、素敵でしょう」
up date 2004/05/08
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